【五月】江南春
(『看図読古詩(修訂版)』, 金盾出版社, 1994年より)
【大意】
見わたすかぎり広々とつらなる平野の、あちらからもこちらからも、うぐいすの声が聞こえ、木々の緑が花の紅と映じ合っている。
水辺の村や山沿いの村の酒屋の目印の旗が、春風になびいている。
一方、古都金陵(きんりょう)には、南朝以来の寺院がたくさん立ち並び、その楼台が春雨(はるさめ)の中に煙っている。
(石川忠久編『漢詩鑑賞事典』講談社学術文庫,2009年より)
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江南地方の春を詠んだ詩ですが、前半の山村の晴れた景色と後半の古都金陵(現在の南京市)の寺院の雨の佇まいという、対照というより両者が渾然一体となっているのが大変印象的です。
木々の緑と花の紅、そしてあちこちから聞こえてくるウグイスの声、視覚的にも聴覚的にも春の景色がパッと飛び込んできます。
そして、雨に煙った寺院の風景。「四百八十寺」は実数ではないようですが、この具体的な数字と次の「多少楼台」によって、その数の多さが相乗的に伝わってきます。
今、日本の春においても、そうした若葉の緑や色とりどりの花々、鳥のさえずりは春を最もよく感じさせてくれますが、わずか28字の中にこれだけの春の景色を立体的に入れるのはさすがです。また、先月の「清明」の詩の中にも酒屋が出てきましたが、作者にとっておそらく酒屋の旗は春らしい景色にピッタリなのでしょうか、なんとなく微笑ましい感じです。